マーク・ヘン氏インタビュー

1980年からウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオで活動し、数多くのディズニー映画の制作に携わってきたマーク・ヘン氏が来日。アニメーター/スーパーバオジング・アニメーターとして、アリエル、ベル、ジャスミン、ムーランといったディズニープリンセスを始め、くまのプーさんやシンバなど、誰もが知る人気キャラクターを担当し、2018 年には、ミッキーマウスのスクリーンデビュー90周年を記念した公式肖像画家を務めたことでも知られています。そんなマークさんが、次世代のアニメーターたちに伝えたいことや、ディズニー100周年によせる想いを語ってくれました。
——マークさんは1980年からウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオで働き始めたそうですが、当時のスタジオはどんな雰囲気でしたか?
1970年代に、スタジオは過渡期を迎えました。初代のアーティストの多くが定年を迎えたり、亡くなったりするなかで、これからディズニー・アニメーションはどうなるのかという懸念があったのです。今後も存続していくためには新たな人材が必要ということで、1974年、カルアーツ (カリフォルニア芸術大学) 内にディズニーのキャラクターアニメーションを学ぶプログラムが開設されました。
私は1978年からそこで学び始めたのですが、在学中に大きな出来事がありました。当時ディズニーの主力アニメーターだったドン・ブルースが、多くの仲間を引き連れて退社してしまい、制作中だった『きつねと猟犬』 (1981) の完成が危ぶまれる事態になったのです。
私は1980年にディズニーに入社して『きつねと猟犬』の制作に加わりましたが、今にして思えば、ドンの一件があったおかげで、私や他の新人アーティストにチャンスが回ってきたのだと思います。スタジオには緊張感が漂っていましたが、若く純粋だった私は、とにかく仕事を得られたことにワクワクしていました。
——これまでに手掛けたなかで一番印象に残っているキャラクターと、それを描くために工夫したことを教えてください
自分が手掛けたキャラクターはすべて特別ですが、なかでも『ライオン・キング』のシンバとプリンセスたちは、描くのがとても楽しかったです。プリンセスにはそれぞれ異なる個性があるので、それを描き分けるのが私の目標ですし、みなさんにも感じとっていただけたらうれしいですね。自分が担当するキャラクターとは、1年以上のあいだ毎日一緒に過ごすわけですから、だんだんと家族のように思えてきますし、自然と愛情が沸くのです。

——ストーリーを語るうえで、マークさんがアニメーターとして最も大切にしていることは?
リアリティのあるキャラクターにすることが一番重要だと思います。たとえば、バンビは本物のシカではありませんが、とても真実味がありますよね。シンバも本物のライオンではありませんが、実在しているように感じられると思います。彼らはセル画に描かれた単なる絵や、CGで作られた画像ではありません。物語のなかでどのように描かれ、さまざまな出来事に対してどう反応するかによって、そのキャラクターらしさや個性が生まれます。実写映画で俳優が役作りをするのと同じように、私たちアニメーターがキャラクターの演技を作り上げるのです。私の目標はキャラクターの個性を表現し、しぐさや行動、考え方などに真実味のある、観客のみなさんに共感してもらえるキャラクターにすることです。
——マークさんが考える手描きアニメーションの魅力は? 現在はCGアニメーターの指導もされていると伺いましたが、どんなことを伝えていますか?
説明が難しいのですが、たとえば美術館に行って、画家の芸術的な解釈が加えられた絵画を見たときと、リアルな写真を見たときとでは、人の反応に違いがありますよね。手描きアニメーションにも、人が特別な反応を示す何かがあるような気がします。
とはいえ、それはツールの違いであって、紙と鉛筆の代わりにマウスを動かして描くようになっただけ。根底にある哲学は、いかにキャラクターに命を吹き込むか。それはディズニーであっても、ピクサーであっても同じです。私がCGアニメーターたちに教えているのは、キャラクターにしっかりしたポーズをとらせているか、伝えたい感情が表現できているか、アニメーションに過不足はないか。また、アニメーションやキャラクターに誠実に向き合うことの大事さです。手描きアニメーションでやってきたのと同じことが、CGアニメーションにもあてはまります。私が手描きアニメーションを通して学んできた原則を、次の世代にも伝えていきたいと思っています。
——ディズニーは今年100周年を迎えますが、次の100年に向けて、マークさんが守り続けたいものと、変えたいものは何ですか?
私たちが今100周年を祝うことができるのも、代々受け継がれてきたレガシー、つまり伝統があってのこと。ですから次の100年も、私が初代のアーティストたちから学んだことを次の世代へ、さらにその次の世代へと伝えていくことで、ディズニー・アニメーションの伝統を継承していけたらと思っています。
もちろんテクノロジーは変化していきますし、将来どんな新技術が登場するかわかりませんが、技術はあくまで作り手が伝えたい物語をサポートするためのもの。これからの100年も、面白いストーリーやキャラクターが生まれ続けること、情熱を持った新しい人々がスタジオに加わってくれること、そして、ディズニー・アニメーションの伝統を受け継いだ高品質なエンターテイメント作品が作られることを願っています。
