
海の巨人との運命の出会い
「私はアーシャ・デ・ボス。海洋生物学者で、海の教育者、そしてストーリーテラーです。今日は、故郷で私が光栄にも共に仕事をしている、素晴らしい2種類の巨人たちのお話をしたいと思います」
海に囲まれたスリランカで育ち、6歳で海洋生物学者に憧れたというアーシャ氏。
「故郷スリランカは素晴らしい島で、モンスーン気候の土地です。乾期と雨期があり、雨期には森は豊かになり、海を豊かにします。その海に、巨人たちを始め、海の生物を探しに出かけるのです。そしてその海で、6歳の少女が、まだ誰も見たこともないものを探しに出かけること夢見ていました。」
強い信念を貫き、夢を叶えた彼女は、「私とクジラとの物語は、『見る』ことではなく、『聞く』ことから始まりました」と運命の出会いについて語ります。
「大学を卒業してすぐ後のこと。素晴らしい『会話』、つまりクリックサウンドを聞いたのです。後で、それがマッコウクジラだとわかりました。その出会いが私の人生を変えたのです」
その後、アメリカから世界を回るマッコウクジラの観測船に乗り込んだと言います。
「スリランカ沖に行くなら、私を乗せるべきだと行って、チームを説得しました。この観測船で、大きな瞬間がやってきたのです。スリランカの南東沖で、見張り番をしていたときのことでした。海はとても静かで水面は鏡のように凪いでいました。風もなく、とても暑い日です。マッコウクジラを追いかけ、ハイドロフォン (マイク) を海に入れ、音を拾っていました。同時に、水平線にも注視していました。音は聞こえていたので、何かがとても近くにいることはわかっていましたが、なかなか姿を見せてくれませんでした。監視のシフトが終わりに近づき、後ろ髪を引かれつつ荷物をまとめていたところ、それが姿を現わしました。大空に向かって大きいものが垂直に姿を見せたのです。すぐにそれがマッコウクジラではないとわかりました。遙かに大きいのですから」
それがシロナガスクジラだったと言います。
「追跡すると、サッカー場ほどの範囲に6頭もいました。これが、地球上で最も大きな生き物なのだ」と感慨に耽ると同時に、「地球のおよそ70%を住処としているのに、なぜ今ここにいるのだろうと不思議に思いました。しかも、シロナガスクジラのような大きい生き物は、冷たい海域で食事をし、暖かい海域へ移動し出産・子育てをすることは知ってはいましたが、いったいここで何をやっているのだろう、彼らのことをもっと知りたいと思いました」
科学者でもなく、下働きとして乗船した彼女でしたが、船長を説得し、彼らを観察。
「そしてそこで、私は世界でもっとも美しい赤いフンを見つけたのです! つまり彼らは暖かい海でも食事をしていたということになります」
フンは動物の生態を知る上で、とても重要な資料なのだとアーシャ氏。
「それは私にとって、科学的な発見でした。フンを分析することで何を食べ、彼らの行動から温かい水温が好きであること、どこに住んでいるかもわかりました」
そこから、クジラ研究にのめり込んでいったアーシャ氏。
「ここのシロナガスクジラは、海深く潜り、方言を持っています。もし、生息域の違うシロナガスクジラを会わせ、会話するようにお願いする魔法が使えるとしましょう。彼らは同じシロナガスクジラ語を話してはいますが、違う方言を使いますから、意味の通じないこともあるということです。複雑な社会構造を持ち、コミュニケーション能力にも長けた興味深いクジラたち。こんな彼らに魅了されクジラの研究を始めて、つまりフンを見つけてから、早くも20年が経ちました」
シロナガスクジラとマッコウクジラの違いとは
「シロナガスクジラは大きいですが、泳ぎやすい流線型をしていて、グレー、ブラウン、しわがあります。彼らはブルーホエールと呼ばれていますが、実際はブルーではないのが面白いところ。でも、海の下ではとても美しいブルーカラーなのです」シロナガスクジラが体長わずか数センチのオキアミを餌にすることも紹介し、「オキアミのような小さな餌を飲み込むだけで、あれほど大きくなるなんて不思議ですよね。でも、彼らは頭脳派。小さい生き物は、群れで生活するので、一匹の大きな獲物を捕まえるために激しく追いかける必要がないので、エネルギーを無駄遣いすることがないのです」
もう一方のマッコウクジラについては、「四角い頭を持ち、下顎にだけですが歯があり、イカを食べます」と違いを比べ、「ここで、フンに違いがでるのです」と、“黄金”とも呼べるサンプル集めが大好きだと満面の笑みを浮かべます。「フンからわかることは多いのです」
さらに、2種の巨人たちの社会構造の違いや、それぞれのコミュニケーション方法、「コーダ」と呼ばれる特別な音の違いを映像や音声で解説。「マッコウクジラは母系の集団で暮らします。叔母さんがベビーシッターの役割を果たすことも。一方、シロナガスクジラは、小さな群れや単独でいることが多い。ただ、彼らの低周波のコーダは、約100km先の仲間ともコミュニケートできる。私たちが考えるほど孤独ではないのかもしれませんね」
クジラが伝えてくれる物語を伝え、海を守りたい
これほど素晴らしく、大きな生き物のそばで生きられることが光栄でしかたがないと続けます。
「クジラに魅了されている理由は美しいからだけではありません。彼らは多面的で素晴らしい生き物。生態系のエンジニアなのです」。その理由として、「彼らは海の深いところまで潜り、餌を食べます。そこには海の表面にはない栄養素が含まれているので、クジラが排泄することで、栄養が浮かび上がります。それが太陽に照らされ、酸素を生み出すのです」と説明。「気候変動の対策を手助けしてくれる彼らのストーリーを多くの人に伝えることが私のミッション」と語りました。さらに、海には彼らの脅威となることが多くあり、破れた漁業用の網や、ホエール・ウォッチングの船やボートによって出される騒音などがクジラに大きなストレスを与えているとも紹介。「地球の素晴らしいエコシステムでもある彼らを守り、海をケアしたい」ともアーシャ氏は語りました。
次世代のヒーローを育て、地球環境を改善していきたい
「私には無理だと言われました。海洋生物学者は男性の仕事だと。でも、この仕事をするのに、性別も、年も、バックグラウンドも関係ありません。私が気にしているのは、海のことだけ。違いをもたらしたいのです。そのためにも、この仕事について伝えたい。そこで、スリランカ初の海洋保護研究&教育機関を設立しました。後に続く世代をローカールヒーローに育てることがもうひとつの私のミッション」と語り、「次世代に地球を破壊した状態で渡したくないのです」と環境保護を訴えました。